葬儀で大切なこと
葬儀で大切な事
喪服等の服装のマナーの事は色々とありますが、その前に
葬儀で大切だと想う事をお話したいと思います。
管理人が遺族側になった時に管理人の義理の親戚は誰も参列に来ませんでした。諸事情があり疎遠となっていたのも確かですがそれとこれとは
話は別だと思っていました。
訃報の知らせをしれ欲しいと主人にお願いしても「そんなのも自分で出来ないのか?」と白状な言い方をされ自分の親の事なので勇気をだして
義理親戚に連絡しました。その時に「お悔やみ申し上げます」「大変だったね」の言葉は一切なく、「私は足が悪いので・・」と自分都合の話をはじめました。
遺族側は悲しみの中にいる時に「それはないでしよう??」と感じましたが訃報の連絡をして電話を切りました。
お通夜や葬儀の日に確かに色んなわだかまりはあるが、きっと参列してくれるとかすかな願いも虚しく、義理の母は参列にきてくれませんでした。
主人が香典を預かったと香典袋を持ってきましたが、香典が欲しくて訃報の連絡をしたわけではなく、嫁になり血の繋がりもない他人が家族となり、諍いはあるもののそれとこれとは別で嫁の家族の訃報ならば、参列するのが普通なのではと考えていた私の常識は通用しませんでした。
私自身を蔑ろにされている気持ちになり悲しくなりました。
私自身も嫁としての役割をなかなか果たしていないのも事実で
私自身にも否があることも確かですが、葬儀は最後の別れの義で
嫁姑の中が良くなくても、それとこれとは別なのではと深く感じました。
葬儀で大切な事は故人や遺族側に少しでも関わりがあるのならば
遺族側が家族葬にしている訳ではない限り、思いやる気持ちやあるのなあば、参列して欲しいものです。
忙しい所、わざわざ参列してくれたという思いが悲しみを和らげるのですから
葬儀で大切なことは服装やお焼香のマナーの細かいことも大切ですが
参列して手を合わせる事が本当に大切な事なのではないかと感じます。
葬儀に参列できなくても後日お線香上げに行く事でもいいのです。
手を合わせてくれることが何より供養になります。
遺族側は誰が参列してくれたかを思いの外深く感じるものです。